大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和35年(ワ)3726号 判決

原告 館鎮太郎

原告 館ヤイ子

右両名訴訟代理弁護士 井上四郎

同 瀬戸丸英好

被告 株式会社輪島屋

右代表者代表取締役 横山吉次郎

右訴訟代理人弁護士 武藤運十郎

同 松村正康

同 佐藤英二

主文

被告は原告両名に対し各自金四五万円、及びこれに対する昭和三三年一二月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告ら、その余の請求はいづれも棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決中、原告ら勝訴の部分は、原告らにおいて各自金一〇万円の担保を供するときは仮に執行することが出来る。

事実

≪省略≫

理由

一、被告会社が、小型自動四輪トヨペツト車を所有して、その営業に使用していたこと、及び、訴外小池勝美が、原告ら主張の日と、同主張の場所に於て過失により、原告らの長男館栄一に接触したこと、右栄一がその後死亡したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証、第三号証の二、乙第一ないし三号証、及び証人田中水明の証言を綜合すると、訴外小池は、原告ら主張の時刻に、同主張の経過で栄一に衝突し、同人に、原告ら主張の傷害を与え、その結果死亡にいたらしめたものであることを認めることができる。

二、原告らは、自動車損害賠償保障法第三条に基き、本件事故による損害賠償を求めるものであるが、被告は、本件事故は、被告会社とは何ら雇傭関係のない訴外小池が、好奇心から被告会社に無断で同会社が厳重に保管していた前記自動車を運転した結果発生させたものであるとして賠償の責任を争うので、先ずこの点を判断する。

成立に争ない甲第三号証の一、乙第二、三号証及び証人横山良の証言(後記措信しない部分を除く)を綜合すると、

訴外小池勝美は、昭和三三年一二月四日頃、被告会社に季節労務者として雇傭されていた同人の友人、訴外渡辺篤、同吉田房吉の両名を頼つて新潟県から上京し、右吉田、渡辺の両名を通じて、被告会社営業部長横山良に懇願し、その許可を得て以来、台東区谷中初音町四丁目八番地にある被告会社営業所内に住込み、被告会社従業員と、寝泊り食事を共にし家具運搬等被告会社の仕事を手伝つていたものであり、被告会社とは、正式の雇傭契約は締結しなかつたが、被告会社は、小池が被告会社の仕事に従事することに黙示の承諾を与えていたものであること。

又本件事故当日、午後十時頃、被告会社の仕事が終了し、被告は、前記自動車を右営業所内の自動車置場に置いていたが、偶々、点火装置の鍵をはづし去らず、ドアの鍵も掛けずに置いたところ、当時被告会社の家具運搬手伝のため、しばしば被告会社の自動車の助手席に乗つたことのある小池が、好奇心から無断でこれを運転し右事故を起したものであること。

が認められ、右認定に反する横山良の証言、及び被告代表者横山吉次郎の本人尋問の結果は措信し難く、更に右認定を覆すに足る証拠はない。

自動車損害賠償保障法第三条は、不法行為に関する民法の特則を設け自己のために自動車を運行の用に供する者に対し、その運行によつて生じた損害につき事実上無過失責任に近いところの重い責任を認めている。

これは自動車の運行には、常に危険を伴うものであり、自己のために自動車を運行の用に供する者は、かかる危険な自動車の運行を管理支配し、その運行による利益を亨受する地位にあるものであるから、もしその危険が具体化したときは、その者に責任を負担させるのが妥当である。との所謂危険責任及び報償責任の思想に基くもので、これによつて自動車事故による被害者の救済を図ることを目的とするものであるが、同時に、自動車を管理支配する者に対し、危険防止のための強度の注意義務を課し、もつて、自動車事故の防止を図ることをも目的としているものである。

同法条に規定する「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、通常、事故発生の原因となつた該運行が、自己のためになされている者を指し、該自動車を運転する権限のない者が、その自動車の管理権者の同意なくして勝手にこれを運行せしめて事故を起した場合の如きは、その運行は、管理権者のためになされているものということが出来ないものであるから、その自動車の管理権者は、右事故については、前記法条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者に該当せず、無断運転をなした者が、自己のために自動車を運行の用に供する者として、右法条の責任を負うのが原則であるけれども、もし、その無断運行が、その自動車の管理権者の責に帰すべき原因によつて可能にされたものと認められる場合には、前記立法の趣旨に照して管理権者も無断使用者とならんで右法条の責任を免れないものと解するを相当とする。

然るところ前記認定事実によれば、訴外小池は、前記自動車を運転する権限がないにも拘らず、被告会社に無断で前記自動車を運転したもので、右運行をもつて、直に、被告会社のためになされたものということが出来ないけれども、前記の通り、被告会社は、小池が、同会社前記営業所内に住込むことを許可し、同人が、同会社の仕事に従事することを承認していたもので、小池と明示の雇傭契約を結ばなかつたとはいえ、小池に対し注意監督を及ぼし得る地位にあつたことは明らかであり、被告会社は、右小池に対する注意監督を怠り、且つ、前記の如く自動車保管についての注意義務を怠つていた結果、小池の前記無断運行がなされるにいたつたものである。

よつて、被告会社の責に帰すべき事由によつて、右無断運行が可能ならしめられ、その結果本件事故を発生せしめたものというべく、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条により後記損害を賠償する責任を免れないものと認めるのが相当である。

三、そこで、館栄一、及び原告らの蒙つた損害につき判断する。

(一)  栄一の得べかりし利益の喪失

栄一は死亡当時満七才の男子で、なお五八、一九年の平均余命年数を有することについては当事者間に争いがない。

栄一の得べかりし利益はこれを厳密に確定することは、不可能であるが、通常男子が労働に従事しうべき期間に得ることの出来る収入額から、その間の生活費を控除した額に相当するものと認めるを相当とし、労働者賃金調査結果報告(日本統計年鑑昭和三四年版三五〇頁)によれば、昭和三三年の、全産業男子常用労働者の月額平均賃金は一九、六四九円であることが認められ、これが通常男子の一ヶ月平均賃金に相当するものと認められる。けれども、総理府統計局の労働力調査(同上四二一頁)によれば、昭和三三年の一四才以上の男子人口三一、四八〇(単位千人)中、就業して、賃金を得ている者は二五、七〇〇(単位千人)で、その就業率は平均八一、六四%であることが認められ通常男子の平均収入を算定するに当つては、かかる就業の可能性の割合も考慮すべきであるから、前記一九、六四九円に、右割合を乗じた額一六〇、三三円をもつて通常男子の一ヶ月平均収入と認めるを相当とする。一方総理府統計局家計調査年報(同上三七七頁)によると、昭和三三年の東京都の勤労世帯一ヶ月平均一人当り生活費は八、四二三円であることを認めることが出来るから、前記平均収入より右生活費を控除した額七、六一〇円が一ヶ月間の得べかりし純利益となる(年間九一、三二〇円)。

栄一が満二〇才より、四〇年間の稼働年数を有することにつき被告は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなして、四〇年間に得べかりし総利益を計算すると三、六五二、八〇〇円となり、これが、栄一の将来得べかりし利益であり、同人はその死亡により右利益を失い、同額の損害を蒙つたことになるが、これを、ホフマン式計算法により中間利息を控除して、本件事故発生当時における一時金に換算すると、一、〇〇〇、七六七円となる。

被告は過失相殺を主張するので、この点につき判断するに成立に争いのない甲第二号証の二、乙第一、二号証、乙第四五号証及び田中水明の証言原告ヤイ子の本人尋問の結果を綜合すれば、

本件事故当日、被害者栄一は、本件事故現場附近の中村氏宅へ遊びに行つての帰途、夜一一時過車道より、約一メートル離れた空地上で右空地を利用して廻転しようとした、訴外小池の運転する自動車に衝突したものであるが、被害者の母親ヤイ子は、当日夜、一〇時頃、中村宅へ栄一を迎えに出向きながら、同家を辞去するにあたり、同家の玄関内で、同家人との話に夢中になり、注意能力なき七才の児童である栄一が単身深夜の屋外、車道附近へ歩き出すのを見過ごし、同人の行動につき注意を欠いていたものであることを認めることが出来、右ヤイ子に、監督義務者たる親権者としての注意を怠つていたものと認めるを相当とする。

監督義務者としての親権者の過失は、公平の見地より、被害者側の過失として、被害者の損害賠償額を定めるにあたり斟酌さるべきものであるから栄一の得べかりし利益の喪失による損害賠償額についても、ヤイ子の過失を斟酌し、栄一の有する損害賠償請求権の額は八二六、九八〇円と認めるを相当とする。原告らが栄一の父及び母であることは当事者間に争いがないから、原告らは栄一の有する右損害賠償請求権を相続により各二分の一つつ取得したことは明らかであるが、原告らは既に昭和三四年一月三一日及び同年一二月一日、栄一死亡による、自動車損害保険仮払金合計金二二六、九八〇円の支払を受けている(このことは当事者間に争いがない)ので、右金員は、前記損害賠償請求金額(八二六、九八〇円)より控除すべきである。

右金員の控除をなして計算すると、原告らが館栄一から相続して有する、損害賠償請求権の額は、各自それぞれ三〇万円である。

(二)  原告らの蒙つた精神的苦痛に対する

慰藉料

原告らが、栄一の父或は母として両人の本件事故による不慮の死亡により甚大な精神的苦痛を蒙つたことは、原告両名の本人尋問の結果、及び、本件口頭弁論の全趣旨に照らして明らかであるから、本件事故の状況、原告の身分関係、その他諸般の事情を考慮し、その慰藉料額は、原告らが本訴においてそれぞれ請求する、各自金一五万円をいづれも下らない額と認めるを相当とする。(原告ヤイ子につき、前記過失を斟酌してもなお右金額を下らない)

四、被告は、自動車損害賠償保障法第三条の自動車保有者の責任は、同法に定める保険金額を限度として認められるものであり、原告は既に同法による保険金を受領しているから被告には、同法上の賠償責任はないと抗弁するのでこの点につき判断するに、同法第三条の責任は、自動車の運行により、他人の生命又は身分に加えた全損害に及ぶものであつて、同法に定める保険金の支払とは直接の関係はないものである。よつて、この点に関する被告の主張は理由がない。

五、更に被告は、栄一の葬儀費用、その他原告らの損害一般に対する賠償として原告に対し、三五、〇〇〇円支払つたものであるから、右金員は、本訴請求額より控除されるべきものであると主張するのでこの点につき判断する。

被告が原告に対し、金三五、〇〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。

けれども、葬儀費用は、栄一の得べかりし利益の喪失による損害、及び慰藉料のいづれにも該当しないものであり、原告は本訴において葬儀費用を請求していないものであるから、葬儀費用は、本訴請求額より控除する理由なく、仮に、被告主張のように前記三五、〇〇〇円の金員中に、葬儀費用の他に得べかりし利益の損害賠償、又は、慰藉料の支払部分が含まれていたとしても、右金額についての主張及び立証がなされていないからこの点に関する被告の主張は理由がなく、前記金員は本訴請求額より控除することは出来ない。

六、以上により、被告は原告らに対し、(一)原告らが、それぞれの相続分により取得した前示、館栄一の有した損害賠償請求権につき、各自に金三〇万円及び、(二)原告ら固有の慰藉料請求権につき、各自に金一五万円を支払う義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は、右金員及びこれに対する本件不法行為後である昭和三三年一二月二六日から支払済まで年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、その余の請求は、理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の点については民事訴訟法第八九条同九二条を、仮執行の点については、同法第一九六条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例